トップページ > キューバ特設ページ > キューバに行ってきました!!~総括~

目的別で探す

ピアノを大切にしたい
ピアノを習いたい
ピアノを買いたい
ピアノを防音したい
ピアノを運送したい
調律師になりたい

7.キューバに行ってきました ~総括~

到着するピアノの調整と調律の為に用意していた10日間程の時間はその為には何もせずに過ぎてしまい、贈呈式当日のそれも1時間前に到着という最悪のシナリオで決着がついた訳だが、そのために連れて行った技術社員はこの点ではまったくの無駄にはなった訳だが、反面、初日以降の10日間程を現地のスタッフの指導に集中でき、イサだけではなくハバナ市内の音楽学校のピアノや、あちこちのピアノを、請われるままに1日2~3台と言う台数を、修理調整を現地スタッフとチームを組ませて、指導しながらやって行けた事は、彼等の技術力向上になったし、キューバの物資状況や闇市の存在等随分理解が出来た事は意味が有った。
 お陰で、先進諸国の援助というものが、単に物の提供で終わっており、メンテナンスや消耗部品の供給に迄至っておらず、結局よその国にゴミを作るだけの事でしかない事も見えてきた。今この様な国に一番必要な事はハードの提供ではなく、メンテナンスを含めたソフトの提供であると痛感した次第である。
 キューバの人は本当にアバウトであまりクヨクヨ深くものを考えないけれど、反面、何かに取り組むと食事を忘れる位集中してのめり込む。真面目さとアッケラカンとした陽気さと、そして、無い中から無理やり遣り繰りする手先の器用さを持っており、ある意味、日本人の気質に似た人達が多いのだと実感も出来た。
 それはキチンと教えてあげれば、チャンとした事をシッカリ守ってやってくれると思える事だった。後はその環境をどう作っていってあげられるかに、かかって来ると思った次第である。

キューバの人達を取り巻く環境は本当に酷い状態で、トイレの水は流れないのが当たり前、パイプは狭いから紙は流せない。横にあるゴミバケツに使った紙はすてる。下手すると、便座もない。電気はしょっちゅう使えなくなるし、最大の交通機関のバスは時間はまともには来ないし、来ても混んでいれば止まらない。(これが何時来るか判らないって、事務職員が答えた本当の理由だった)
 食料品も飲み物も種類は極端に少ないし、買うとなればやたら高い。観光客が一番困るのがお土産。ものが無いから同じ種類ばかり。クーラーなんて贅沢品はほとんどの家庭に無い。輸入品の関税は100%関税…つまり、10万の物を買えば10万の税金、結局、20万で買う事になる。だから、新車なんてよっぽどの金持ち(大抵は金持ちの外国人)か何か特別な事をやって国に貢献した人位しか持って居ない。
 国に貢献した人は、家か車かが貰えそれは選択できるらしい。中古車のほとんどは革命前にキューバで走っていた、逃げていった金持ち連中のもの。それを、切ったり張ったりして、使っている。人呼んで「フランケンカー」とは言いえて妙である。

社会主義の一番の困った点である、頑張っても給料は同じ…感覚。縦組織で横の連携はほとんど取らない(これが、何時着くか判らない…の本当の理由だった)。だから、みんな、あんまり働かない。
 スーパーでは買い物の列が出来ていても誰も応援しない。自分はその担当ではない。いやなら買うな。その方が楽できる。テレビもあんまり持っていないし、流れる放送は国営番組だけ。外国の番組を見たら即逮捕。
 この様な状態ではあるが、キューバの人達は明るい。それはこの国のシステムと無縁ではない。家は国から与えられ、食料も国支給。電気代水道代も要らない。医療費は全額タダ。教育費も一切かからない。家が無く飢え死ぬ事もない。勿論ほとんど主食は「豆」ではあるが…。病気になっても安心だし、子供の学費で悩む事ない。学食はタダだし出産費用も国負担。

つまり、大黒柱を国がやっている訳である。だからではないだろうが、離婚率が極めて高い。3人目の旦那さん…ってのが、あちこちにいる。面白いのは、別れた旦那さんの家族が今でも家族って言う人が、これもまた、あちこちにいる。人間関係が濃厚なキューバらしい素敵な話である。
 助け合いの精神が豊かで、人懐っこく、なんでも、なんとかなるさ!って乗り切ってく、日本人が繁栄の裏に置き忘れていった古きよき時代が此処にあるって感じが、キューバファンを増やしている原因であろう。
 ただ最近は、貿易が厳しく(アメリカの経済政策が原因で、この国にいると、大国の弱者いじめがいやらしく、汚く見えてくる)、観光立国を推し進めている都合上、外人観光者との経済格差が目に余るほどで、この事が、悪影響を及ぼさなければいいのに…と、つい心配してしまう。
 ある日、キューバのスタッフが、モノのある国を羨ましがって日本に行きたがったので、つい意地の悪い質問をしてしまった。「目の前にモノが溢れ返っていて、それを買うお金が無い生活と、みんな貧しくモノも無いけれど、みんなが同じ様に、無い生活とどっちがいいか?」ってね。その質問に彼らは答えなかったけれど、外国人のたわ言だったとキューバを離れ、カナダに入ってから思い知らされた。クーラーが当たり前に効いて、美味しい物が豊富にある国に来て、あぁ~やっぱりこっちが良いって思ってしまったから…。少しその時、自分が恥ずかしかった。

8.キューバに行ってきました ~今後の話…~

キューバを離れる前に、イサのスピーチでも話した事だが、大事な事は、メンテナンスの出来る技術者の養成で、これには、文化庁のえらいさんや国際交流課の役人さんも交えて、贈呈式の後、イサで学長も含めて打ち合わせをし、先ず、イサに「調律学部」を新設し、その初代教授は、基礎知識のある技術者を日本(わが社)に派遣させ、半年か1年程度、教育指導しキューバに戻す事にして行こうと、方向が決定され、其々がそれぞれの分野で現実化に努力していこうと言う事となったのである。
 驚いた事に、彼等の全員が異口同音に言った事が「今まで、モノはくれる話はあったが、技術協力を申し出られたのは始めて」と言う事だった。勿論派遣されてきた技術者の住処や食費の一切はわが社が賄ってやらないとこの話は無理な話である事は判りきっている事なので、その点は進んで協力する約束をし、イサ側にその後の受け皿としての「調律学部」の新設が実行必要用件である旨再確認し学長は大きく胸を叩いた事を付け加えておく。
 後は出国の許可を得る事と、渡航の費用の予算取りであり、それらは、彼ら役人の仕事となった訳である。

日本に戻り、早速、キューバ大使館に挨拶に行き、以上の事を伝えると、大使も大いに喜んでくれ、大使館側からも要請していくと協力の意志を示してくれた。
 どこまで現実になるかはまだ未知数だが、彼らと、そして嫁入りさせたピアノ達の為に自分が最大努力してやらないといけない事だけは実感している昨今である。キューバのそこかしこの学校に「調律学部」が出来て行き、修理部品を集め、キューバに無関税で送る方法を見つけ送っている自分を想像しながら頑張りたいと思っています。

キューバに行ってきました!!目次

 キューバに行ってきました!!いろいろあったキューバでの滞在珍道中。お楽しみ下さい。
(各項目をクリックしていただければ表示してご観覧できます)