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ピアノ文化の歴史

〜雑誌月刊ピアノ広告より〜

ピアノが究極の進化を遂げ、ロマン派が活躍し、
大衆も演奏をエンジョイ!

シューマン、ショパン、リスト、メンデルスゾーン etc.……
ロマン派の名曲がたくさん作られた19世紀に、ピアノの人気も性能もぐーんと上がったってホント?

■繊細な曲はピアノのおかげ

「楽器の王様」と言われるピアノが、現在のような究極の形を得たのは、チェンバロ職人クリストフォリの発明から約120年ほど後、1830年ごろのこと。ちょうどショパンやリストなど、ロマン派の作曲家が活躍していた時代に当たる。1802年には、低音の弦と中・高音の弦を交差させて張る「交差弦」が発明され、澄んだ迫力ある音が出るようになった。また1821年には、ダブルエスケープ・アクションという複雑な動きが発明され、ハンマーが弦を打つと瞬時にはね返るように。これで連打ができるようになったのだ。

音色も、リズムも、大きく変わった。ショパンの甘く繊細な曲は、きっとこういったピアノの進化が影響しているのであろう。ショパンは、優雅な音色が特徴のエラールやプレイエルといったフランス製ピアノを愛用していた。「ピアノの詩人」といわれるほど幻想的な曲は、やはりいいピアノがあってこそ誕生したものと言える。

■音域が七オクターブに広がった!

ショパンと同時代には、リストが活躍。彼はショパンとは対照的に、激しく豪快な演奏をしていたという。リストは大勢の前で演奏するのが大好きだったようで、高度な超人的技巧を駆使しては、人々の度肝を抜いていたらしい。ただ、裏を返せばピアノを酷使してたということ。実際、リストの演奏後、残されたピアノは弦が切れたり、ハンマーが折れたりしていたらしい。ピアノメーカーは戦々恐々とし、激しい演奏にも耐えられるピアノがだんだんと作られるようになったのである。1830年までには、フレームには鋳物が使われ、弦には鋼鉄線が使われるように。さらに音域も7オクターブ、85鍵に広がった。つまり、ほぼ現在のピアノと同じ構造になったといえる。

ピアノも頑丈になり、音量も大きくなったので、貴族のサロンだけではなく、広いホールに大勢の人を集めたコンサートが開かれるようになった。こうして、ピアノは一般大衆にも親しまれ、気軽に楽しめる楽器として、普及していったのである。リストはベートーヴェンの交響曲などをピアノで弾けるように編曲している。それでピアノは「家庭のなかのオーケストラ」とも呼ばれるようになったといわれる。作曲はせず、演奏だけをする職業的ピアニストも多く誕生し、またピアノの壮大な表現力は多くの人に愛され、ピアノは楽器の王様となってゆく。

ショパンとリストのトリビア